大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 平成10年(ワ)1号 判決 2000年11月09日

主文

一  被告は、

1  原告甲山花子に対し、4020万8250円

2  原告甲山春子に対し、687万4916円

3  原告甲山秋子に対し、687万4916円

4  原告甲山二郎に対し、687万4916円

及びこれらに対する平成9年7月11日から完済まで年6分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、亡甲山太郎の運転する普通乗用車が国道8号線にある武生トンネル入口のコンクリート門壁に正面衝突して同人が死亡した事故につき、相続人である原告らが自動車総合保険等5口の保険契約に基づき死亡保険金の請求をした事案であるが、被告は右事故は亡甲山太郎の自殺であるとして保険金の支払いを拒否している。

一  前提事実(争いのない事実以外は末尾に認定証拠を掲記した。)

1  当事者

亡甲山太郎(以下「亡太郎」という。)は、○○武生販売株式会社(以下「○○」という。)及び××株式会社(以下「××」という。)の代表取締役であった。

亡太郎は、平成9年5月25日、後記事故により死亡した。

亡太郎の相続人は、妻である原告甲山花子、子である原告甲山春子、原告甲山秋子及び原告甲山二郎の4名である。

2  保険契約の存在

被告は、○○との間に次の(一)(二)の保険契約を、亡太郎との間に次の(三)(四)の保険契約を、××との間に次の(五)の保険契約を締結している。

(一) 契約締結日 平成9年3月17日

保険の種類 普通傷害保険

証券番号  <省略>

保険期間  平成9年4月18日午後4時から平成10年4月18日午後4時まで

被保険者  亡太郎

保険事故  被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって身体に傷害を被った場合

死亡保険金 1500万円

右受取人  ○○

(二) 契約締結日 平成9年3月17日

保険の種類 交通事故傷害保険

証券番号  <省略>

保険期間  平成9年4月18日午後4時から平成10年4月18日午後4時まで

被保険者  亡太郎

保険事故  運行中の交通乗用具に搭乗している被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって傷害を被った場合

死亡保険金 1500万円

右受取人  ○○

(三) 契約締結日 平成9年3月21日

保険の種類 積立家族傷害保険

証券番号  <省略>

保険期間  平成9年3月21日から平成14年3月21日まで

被保険者  亡太郎

保険事故  被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって身体に傷害を被った場合

死亡保険金 1000万円

右受取人  被保険者の法定相続人(法定相続分の割合)

(四) 契約締結日 平成7年7月31日

保険の種類 年金払積立傷害保険

証券番号  <省略>

保険期間  平成7年7月31日から平成29年7月31日まで

被保険者  亡太郎

保険事故  被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって身体に傷害を被った場合

死亡保険金 平成9年5月25日時点で83万3000円

(五) 契約締結日 平成8年12月18日

保険の種類 自動車総合保険

証券番号  <省略>

保険期間  平成8年12月20日午後4時から平成9年12月20日午後4時まで

被保険自動車 普通乗用自動車(トヨタST191G)

登録番号 福井×××××××

自損事故条項

被保険者 被保険自動車の運転者

保険事故 被保険者が被保険自動車の運行に起因にする急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、かつ、それによってその被保険者に生じた損害について自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合

死亡保険金 1500万円

右受取人 被保険者の相続人

搭乗者傷害条項

被保険者 被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者

保険事故 被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被った場合

死亡保険金 500万円

右受取人 被保険者の相続人

2  亡太郎の死亡事故

亡太郎は、平成9年5月25日午前零時頃、福井県武生市春日野町<番地略>字赤萩山先の国道8号線を普通乗用自動車(福井×××××××、以下「事故車両」という。)を運転して走行中、武生トンネル入口の左側コンクリート門壁に衝突し、同日、死亡した(以下これを「本件事故」という。)。

3  保険金の請求手続

被告の約款では、いずれの保険契約についても、「保険請求手続があってから30日以内に保険金を支払う。」との約定である。

○○及び原告らは、平成9年6月10日、被告に対し、保険金請求手続を行った。

なお、○○は、同月12月5日、前記保険契約(一)(二)に基づく死亡保険金請求権を原告甲山花子に譲渡し、同月8日到達の内容証明郵便により、その旨を被告に通知した(甲5)。

二  争点

亡太郎の死亡事故は、前記各保険契約の保険事故(「急激かつ偶然な外来の事故」)に該当するか。

三  当事者双方の主張

【原告ら】

1 「急激かつ偶然な外来の事故」が発生したとの主張立証責任は原告らにあるが、一方、本件の各保険約款上、被保険者の故意の事故招致及び被保険者の自殺行為が保険者の免責事由とされていることに照らせば、原告の主張立証は、「前提事実」2の事実で十分であり、「自殺による事故である。」旨の事実は、被告に主張立証責任のある抗弁事実と解すべきである。

被告は、「ブレーキ痕もなく、コンクリート壁に正面衝突した。」点をとらえて、「自殺による事故である。」旨主張するようであるが、ブレーキ痕のない居眠りか脇見運転が原因と見られる自損事故は、事故としては格別珍しいものではなく、このことのみをもって自殺とする被告の主張は失当である。

本件の場合は、自殺を推認させるような事実はなく、かえって、自殺を否定すべき事実が存在する。すなわち、亡太郎は、事故当日、敦賀市内の取引先「若潮屋」へ、○○の取扱商品である電光表示盤のデモのために、デモ用の器材を積んで向かっていたものであり、当日のこの時刻に亡太郎が社用で敦賀に向かっていることは、○○の他の社員も、取引先も知っていた(なお、このような夜遅い時間に出掛けたのは、右取引先が「若潮屋」という24時間営業の釣具店であり、取引先の都合によるものであった。)。

2 事故前の亡太郎の行動

亡太郎は、本件事故以前に1泊、2泊家を空けることは普通であったが、その予定が狂うこともたびたびあり、予定通り帰宅することの方が少なかった。

亡太郎は、平成9年5月24日の夕方、○○社員である堀端の携帯電話に、『敦賀のお客のところにポールビジョンを見せに行く』旨の電話を掛け、同日の午後8時頃、日赤前の路上で落ち合って、堀端の車に積んであったポールビジョンを受け取っている。

亡太郎の遺品の中から、同人が業務用に使用していた手帳(甲13)が発見されたが、右手帳の5月24日の欄には、「AM1:00」「ツルガ若潮や ポールビジョンデモ」と記載されている。したがって、若潮屋への連絡がどのようになされていたかの点は別にしても、亡太郎が深夜1時(日付としては5月25日になる。)に、若潮屋へポールビジョンのデモに行く予定でいたことは、明らかな事実である。

このことは、①本件交通事故が、5月25日の午前零時ころに、武生市春日野町<番地略>字赤萩山先の道路を敦賀方面へ向かって走行中に発生していること、②事故車両に、デモ用のポールビジョンが積載されていたことと完全に符合する。そして、原告甲山花子は、24日の午後11時頃に亡太郎から、『まだ仕事があるから、帰宅するのは25日の午前3時頃になる。』旨の電話を受けているのである。

また、原告甲山花子は、被告の調査員から事情を聞かれた際、「会社の人からは、亡太郎は午前1時過ぎに敦賀のお客さんと待ち合わせをしていた。社員の堀端さんが行くと行ったが、『疲れているから帰って休め』といって自分が行く途中であったと聞いている。」旨を説明している。

自殺しようとする者が、わざわざ社員にデモ用のポールビジョンを持ってこさせ、予定通りの時間に間に合うように車を走行させ、1時間前に妻に「明日3時に帰る。」旨の電話を入れたりは、決してしないであろう。

亡太郎が明確な目的を持って走行中であったことが明らかである以上、外の点を議論するまでもなく、本件が自殺であった可能性はないと言うべきである。

3 事故車両は、本件事故当時、その損傷程度から見て相当程度(少なくとも時速80KM前後)のスピードが出ていたとは推定されるが、被告の主張する時速120KM前後という数字については何ら根拠がない。

事故車両が「擁壁に添って十数Mも直進走行した。」という点は被告の全くの独断であって、何の根拠もない。事故車両は、第1通行帯の中央付近から緩やかに左旋回しつつトンネル入口門壁に正面衝突したという走行コースも十分考えられる(この可能性が最も高いと思料する。)。

ごく一般的に考えられる事故態様として、例えば、「いねむり運転で意識が低下している間に、左ハンドル舵角がやや過大となり(本件道路は緩やかな左カーブの道路であり、事故車両はハンドルを若干左に切った状態のまま連続走行していたわけであるから、その可能性は十分考えられる。)、車体が次第に左側へ寄っていった。そして、ゼブラゾーンに進入した時点に以上を知覚し、あわてて右へ急ハンドルを切ったが、間に合わず、車体がたまたま正面を向いた時点で、トンネル入口の左側門壁に正面衝突する結果となった。」ということは、十分起こりうるのである。

いずれにせよ、高々1、2秒の間に、異常振動によりいねむり状態から覚醒し、現在どのような危険状態となっているかを知覚し、さらに衝突回避操作に着手するなどということは、およそ不可能である(運転者の目が危険を発見してからブレーキペダルを踏むまでの反応時間でさえ、「不注意な運転をしているときは1.4ないし1.8秒くらいかかる。」とされている。)。

【被告】

亡太郎の死亡事故は、事故発生の状況、走行目的、同人の当時の経済状態等を総合的に検討すると、偶然性を欠くいわゆる自殺によるものと推認されるので、保険者たる家族には保険金支払責任は発生しない。

1 事故状況

本件事故の現場手前にはいくつかのカーブがあり、本件事故現場である武生トンネル直前においてはとくに大きくカーブしているから、本件事故現場にまで達するためには、運転者のハンドル操作が不可欠である。また、武生トンネルの相当手前から、トンネルの存在を運転者に意識させるために計7本のオレンジ色の照明が約40Mおきに設置されていて、夜間においても明るく、かつ、トンネルの入口およびその内部も非常に明るく、そこにトンネルがあることは一目瞭然であり、それまで暗い道路を走ってきた運転者は、オレンジ灯によって意識が覚醒し、トンネルの存在をはっきりと認識するような道路構造になっている。そして、事故車両が衝突前に走行した路側帯・側溝部分・側溝左側のコンクリート部分は凹凸が激しく、自動車で路肩部分を走行すると、車線を走行するのとは明らかに異なった衝撃・音・振動等が、ハンドルや車体を通じて運転者に伝わってくる。さらに、本件事故現場付近の勾配は約4パーセントの上り坂で、相当程度アクセルを踏み込み続けない限り、自然と速度は減速してしまう。

しかるに、事故車両は、武生トンネル入口左側門壁に真正面から衝突していて、事故現場付近にはブレーキ痕、スリップ痕は一切ない。左側門壁の幅は約2Mであるが、事故車両は道路左側のコンクリート擁壁ぎりぎりに走行して、その全面全部をトンネル入口左側の門壁に衝突させている。

また、事故車両は、事故直後に速度計が「126」を指していたが、このことからすれば、時速約126KMで走行していた可能性が著しく高く、そうでないとしても、事故車両の前部が原形を全く留めない程大破している破損状況からすれば、衝突時の速度は少なくとも時速約90KM以上で走行していたことは明らかである。

2 事故態様

前記事故現場付近及び衝突の状況からすれば、事故車両は本件現場付近道路を時速100KMを越える高速度で走行し、武生トンネル手前数十Mの直線に至ってハンドルを右に戻して直進走行の状態になり、道路左端のコンクリート擁壁ぎりぎりをアクセルを強く踏み続けて、登り勾配にも拘わらず時速約126KMの高速度を維持したまま、ふらつきもせず、ノーブレーキで武生トンネル入口左側門壁に真正面から衝突したことが明らかである。

3 走行の目的

亡太郎が原告甲山花子と最後に別れたのは平成9年5月22日(木曜日)の晩である。その時、亡太郎は、「明日(23日)は人に会う約束があるので早く出る。明日は帰らないが、日曜日(25日)は久々に休みを取ったから、土曜日(24日)の夕方には帰る。」と原告甲山花子に告げている。右のとおり、亡太郎は、本件事故の前日である5月24日の夕方には、自宅に帰る予定であった。亡太郎は5月23日の晩は、自宅に帰らず、どこかに宿泊しており、翌24日は、会社に出ていない。

さらに、「若潮屋」の店主によれば、当日、亡太郎が訪問するなどという連絡は誰からも受けていないし、当時、看板の話など一切無かったという。

加えて、亡太郎は、24日の午後8時頃、福井市内の日赤病院前の路上で、○○の社員と会っているが、その後の行動は全く不明である。

本件事故が25日午前零時頃であって、福井市内から本件事故現場付近までは、2、30分もあれば十分到達できることからしても、亡太郎が「若潮屋」にデモに行くために本件事故現場付近を走行していたとは考えられない。

4 亡太郎の経済状況

(一) 亡太郎は、月額70万円の収入を得ていたが、うち45万円を毎月原告甲山花子に渡していたので、使用できる金額は月額25万円であった。

(二) 亡太郎は、消費者金融会社多数から多額の借入れをしており、毎月の返済額は20万円を超えていたと思われる。また、亡太郎は、○○からも××名義で借入れをしており、平成8年12月時には、借入額は2000万円余に達していた。さらに、亡太郎は、自動車保険金月額4770円、家族傷害保険金月額22360円、年金払積立傷害保険金月額6500円、計33630円を毎月支払っていた。

そのため、亡太郎は、小遣いがない等の理由で、保険を解約して解約返戻金を取得したこともある。このように、亡太郎は、解約返戻金をあてにするほど、日々の金策には窮していた。

××名義の借入れが、平成7年から平成8年にかけて急激に増えていることや、消費者金融数社からの借入額がそれぞれ限度額に達していることからしても、亡太郎の経済状態は、平成7年頃からは徐々に悪化し、本件事故発生当時には、破綻に陥っていたことが十分伺われる。

(三) 以上のように、亡太郎には、本件事故を招致するに十分な動機があったと考えられる。

5 「急激かつ偶然な外来の事故」性の欠如

(一) 一般に単独衝突事故において、事故発生原因として考えられるのは、Ⅰ居眠り運転、Ⅱ脇見運転、Ⅲハンドル操作の過ち等操作ミスによる事故、Ⅳ意識的な運転による事故、の4つである。

(1) 居眠り運転による事故の可能性

本件事故現場手前の道路状況からすれば、細かいハンドル操作を必要とし、一般に居眠りが起こりにくい道路状況である。また、居眠りをしながらカーブした道路を何百Mも走行するのは不可能であるが、本件事故現場手前には、前記のように計7本のオレンジ灯が設置されていて、それまで比較的暗い道路を走ってきた運転者の意識は覚醒され、トンネルの存在をはっきりと認識して注意深く運転するはずであり、このような周囲の状況が変化に富んだ場所において、運転者が居眠り運転をするなどは考えられない。仮に居眠りをしたとすると、衝突時の速度である時速約90KM以上の速度を保つことは不可能である。

居眠りをすると、一般に車両は遠心力の関係でカーブの外側に膨らむものであって、本件事故現場付近でいえば、トンネル手前の左カーブにおいて、中央分離帯方向の進路を取る形になるはずであるが、本件事故においては、反対にカーブの内側の擁壁ぎりぎりをまっすぐに走行している。また、居眠り運転では概してふらつき走行が多いが、本件事故車が擁壁ぎりぎりをまっすぐに走行していることからすれば、居眠りによるものとは思えない。居眠りによる事故であるならば、擁壁ないし門壁に斜めに衝突しているはずである。

加えて、本件事故においては急ブレーキや急ハンドルを切った痕跡が全くないが、本件事故現場手前の路肩部分を走行すると、車線を走行するのとは明らかに異なった衝撃・音・振動等が、ハンドルや車体を通じて運転者に加わってくるのであり、運転者が仮に睡魔に襲われていたとしても、車両が路肩部分に進入すると同時に覚醒し、ブレーキやハンドル操作によって事故を回避しようとするであろうことは容易に想像できるのであり、それが全くない本件事故を居眠りによるものとは考えられない。

よって、本件事故が居眠り運転による可能性は皆無である。

(2) 脇見運転による事故の可能性

先ず、本件事故車両は、夜間時速90KM以上の速度でカーブの連続する登り坂を走行していたのであり、脇見運転をする状況ではない。

また、亡太郎は、本件事故現場付近の状況を熟知しており、事故現場手前にはトンネルの存在を強調するためのオレンジ色の照明が約40Mおきに設置されていたから、同人が進行方向前方にトンネルの存在を覚知したことは間違いない。このような場所において、自動車運転者が脇見をする可能性はそもそも低く、また、トンネルに高速度で進入する場合には、運転者は前方を注視してハンドル操作を行うのが通常であって、安易に脇見運転をするはずもない。

さらに、仮に一瞬脇見をしたとしても、事故車両が路肩部分に進入した瞬間に、それに気付き、走行帯に戻るようブレーキ・ハンドル操作をするであろうことは当然である。ところが、本件事故車両は全く回避行動をとっていない。

加えて、一瞬の脇見による事故とするならば、武生トンネル入口左側門壁に正面から衝突することなどあり得ず、擁壁ないし門壁に斜めから衝突するはずである。

よって、脇見による本件事故の可能性も皆無である。

(3) 操作ミスによる事故の可能性

亡太郎は、本件事故現場付近の道路を熟知しているのであり、特に走行困難な場所ではなく、むしろ非常に走行しやすい道路である。実際、登坂車線も設置され、トンネルの存在も運転者に十分意識させている。

また、亡太郎は、かなりの高速度で進行していたことが明らかであるが、本件事故は、カーブを曲がりきれずにカーブの外側に衝突したという類のものではなく、その走行経路は、カーブ内側の路肩部分を擁壁に沿って進行し、トンネル入口左側門壁部分に正面衝突しているものである。よって、スピードの出しすぎによってカーブを曲がりきれなかった事故ではない。

さらに、仮に一瞬のハンドル操作ミスによって、路肩部分に進出したことが原因とすれば、事故車両は、擁壁ないし門壁に対して斜めに衝突しているはずである。しかし、実際は事故車両は門壁に真っ正面から衝突しており、ハンドル操作のミスとも考えられない。

加えて、ハンドル操作のミス等により、路肩部分を走行してしまった場合には、急ハンドルないし急ブレーキにより、衝突を回避しようとするであろうことは、自動車運転者の経験則に照らして明らかであり、それが全くない本件事故において、事故の原因を運転操作のミスとみることは全く不可能である。

よって、操作ミスによる本件事故の可能性も全くない。

(4) 運転者の意識的な運転による事故

とすると、本件事故の原因は、居眠り運転、脇見運転及び操作ミスによるものとは、いずれも認められないのであるから、運転者の意識的な運転による可能性だけが残る。

本件事故において、事故車両は道路左側のコンクリート擁壁に接触することなく、武生トンネル入口左側門壁に真正面から衝突しているが、事故車両が第一走行帯(登坂車線)を走行していたものとすると、進路変更を開始して路肩部分に事故車両が進出したのは、最低でも武生トンネル入口の約70M手前の地点と判明する(乙8)。

但し、右の約70Mというのは理論上の最小値であり、実際には、緩やかに左転把しながら路肩部分に進出し、道路の左カーブにあわせて緩やかに左舵角を調整しながら、擁壁に沿って進行したと思われる。したがって、実際には、武生トンネル入口の100M以上手前から、事故車両が路肩部分に進出していることが強く推認される。

以上のとおり、本件事故は、その現場付近の状況、本件事故車の衝突状況、本件事故車の走行速度、及び推測される走行経路等からして、訴外人の意識的な運転操作により惹起されたものであることが明らかである。

(二) よって、本件事故は訴外人の故意により発生したものであるから、「急激かつ偶然な外来の事故」であるとは到底認められない。

第三  争点に対する判断

(以下に証拠を引用するときは、枝番号は原則として省略する。)

一  本件事故が「前提事実」に記載の各保険契約にいう保険事故(「急激かつ偶然な外事故」)に該当するというためには、それが単に交通事故の外形を有しているというのみでは足らず、車両の通常の運行及びそれに関連した行為により発生した事故であることを原告らの側で主張立証する責任があるというべきであるが、原告らがその主張立証をしたときは、被告において右事故が運転者の故意ないし自殺であることを主張立証する責任があるのであって、原告らの側で右事故が運転者の故意ないし自殺でないことの立証までを要するものではないと解するべきである。

なぜなら、保険契約上、保険事故は「急激かつ偶然な外来の事故」とのみ抽象的な文言で記載されているのに対し、免責事由は「被保険者の故意の事故招致及び被保険者の自殺行為」と具体的に記載されているのであって、その記載文言の相違を主張立証の責任を定めるにあたり無視すべきではないからである。

二  本件事故の発生状況

1  事故現場の状況

本件事故現場は、鯖江市から敦賀市に向かう国道8号線上で、武生トンネルの手前で上り車線と下り車線が分離されている箇所の上り車線上であり、片側2車線の道路である。亡太郎が走行していた道路は登坂車線と走行車線とに分かれ、1車線の幅員は約3.2Mで、全面がコンクリート舗装されている。制限最高速度は時速60KMである。

登坂車線の左側には約2Mの路側帯(ゼブラゾーン)があり、路側帯の左側には約0.7Mの暗渠(側溝)部分があって、さらにその左側に約0.6Mのコンクリート部分があり、道路端には山の法面にコンクリート擁壁が設置されている。

右道路は、武生トンネルの手前数十メートル付近まで大きく左にカーブしているが、カーブを過ぎるとトンネルまでは緩やかなカーブになり、トンネル入口手前約15M程でほぼ直線状になり、全体に約4%の登り勾配となっている。道路にはトンネルの存在を運転者に意識させるため計7本のオレンジ色の照明灯が約40Mおきに設置されている。現場付近は前方の見通しも良い。

武生トンネル入口左側のコンクリート門壁の幅は2Mである。(甲8、乙2ないし4、6、14)

2  事故の状況

亡太郎運転の事故車両は武生トンネル入口左側門壁に真正面から衝突し、その衝撃で約1M後退して停車した(乙4<写真3ないし6>)。

衝突直後の事故車両の速度計は時速約126KMを指していた(乙5<写真11>)。速度計の誤差を考慮しても、衝突時の速度は時速120KM近くに達していたことが窺われる。

右門壁下部にはトンネル内の歩道に通じる高さ約30CMの段差のある傾斜部分が設けられているが、右段差の入口部に事故車両の底部が接触したと窺われる擦過痕が付着している他は、現場に事故車両のスリップ痕・ブレーキ痕は一切付着していない(乙2の2・4・6、4)。右擦過痕は右門壁とほぼ直角に印象されている(同)。

事故車両は前部ボンネット部が押し潰されているように大破していた。

亡太郎の直接死因は顔面挫創・顔面骨陥没骨折・頭蓋底骨折による脳挫創でほぼ即死状態であった。

事故車両の後部にはデモ用のポールビジョン(折り畳み式で電光文字が流れる看板)が積載されていた。

なお、亡太郎の身体からアルコールは検出されていない(乙15)。また、他車との衝突の形跡はない。

事故直後から武生警察署の警察官が捜査をしたが、交通事故あるいは自殺のいずれかを断定するだけの根拠が乏しかったため、交通事故(自損事故)として交通事故証明書を発行している(乙15)。

三  右にみられる本件事故の発生状況からすると、事故車両は、左にカーブした登り勾配の車線を夜間高速で走行中、ほぼ直線状になったトンネル入口手前付近で何らかの原因でハンドル操作を誤った結果、トンネル入口左側門壁に正面から衝突したものと推認しても不合理ではないから、本件事故は、車両の通常の運行及びそれに関連した行為により発生した事故ということができる。

1  被告は、種々の理由を挙げて、本件事故が亡太郎の自殺による事故であると主張するが、その最も中心となる根拠は、本件事故当時、事故車両がブレーキ痕やスリップ痕を残さないまま時速約120KM近い高速でトンネル入口門壁に真正面から衝突している点である。

たしかに、前記認定のように、本件事故直後の事故車両の速度計が時速約126KMを示していたことからすると、事故車両は相当な加速中に本件事故を惹起していることは間違いないと考えられる。

しかし、右トンネルに接近する手前の道路は、相当の区間緩急のある左カーブが続いており、トンネル手前約15M程に接近してようやく直線状になる形状であるから、亡太郎は高速走行中ハンドルをやや左に転把した状態で走行していたものと推測される。そして、事故車両の走行速度が時速約100KMとしても秒速で約28M、時速約110KMとして秒速で約30M、時速約120KMとして秒速約33M進行することを考えると、亡太郎がトンネル直前で道路が直線状になったにもかかわらず、何らかの原因で、ハンドルを右に転把して車両の進行方向を修正しないまま、一瞬の隙に通行帯から離脱してトンネル門壁に真正面から衝突することはあり得ることである。

被告は、本件事故現場にブレーキ痕やスリップ痕のないことを理由に、本件事故は亡太郎が故意にトンネル門壁を目がけて走行した結果生じたものであると主張するが、前記認定のように、トンネル入口下部にはトンネル内に通じる歩道のために路側帯から約30CMの段差が設けられ、それに進入するための傾斜部が設けられているのであるから、事故車両が高速で右傾斜部に乗り上げたときは車体全体が一旦浮き上がってからトンネル門壁に衝突した蓋然性が強く(右傾斜部に事故車両の底部が接触した痕跡があることもそれを裏付ける。)、そうであれば、仮に亡太郎が危険を察知して急ブレーキの措置を採ったとしても、右傾斜部やその前後の路側帯部分にブレーキ痕などが付着しないことは十分に考えられるところである。

2  被告は、本件事故が亡太郎の居眠り運転によるものではあり得ないとして、①本件事故現場手前の道路状況は細かいハンドル操作を必要として、居眠りが起こりにくい道路状況であること、②本件事故現場手前には、計7本のオレンジ灯が設置されていて、運転者の意識を覚醒すること、③居眠りをしたまま時速約90KM以上の速度を保つことは不可能であること、④居眠りをすると、車両は遠心力の関係でカーブの外側に膨らむのが一般であるが、本件事故では反対にカーブの内側の擁壁ぎりぎりをまっすぐに走行していること、⑥居眠りによる事故であるならば、擁壁ないし門壁に斜めに衝突しているはずであること、⑥本件事故現場手前の路肩部分を走行すると、車線を走行するのとは明らかに異なった衝撃・音・振動等が、ハンドルや車体を通じて運転者に伝わってくるので、運転者が仮に睡魔に襲われていたとしても、車両が路肩部分に進入すると、同時に覚醒し、ブレーキやハンドル操作によって事故を回避しようとするはずであること、などの理由を挙げている。

しかし、右の①や②は居眠り防止のための一般的な道路構造をいうにすぎず、亡太郎が居眠りをしていなかった根拠となるものではないし、③は高速走行中に居眠りをしたときには短時間ならば十分にあり得ることである。また、④は仮に亡太郎が居眠りをしたとして、その地点をトンネル入口手前の道路が直線状になった付近と仮定すれば、その地点からカーブの外側に膨らむ形、すなわち、それまでの左カーブの走行状態からトンネル門壁に向けて直線に走行することもあり得ないことではない。被告の主張は、亡太郎がトンネル入口に至るまでのカーブ状の道路を走行する際に、すでに路側帯に進出しており、かつ、路側帯に進出後かなりの距離を事故車両が走行したことを前提とするものである(被告は理論上は少なくとも約70M手前から、通常は約100M手前から路側帯を走行したことを前提としている。)。が、その前提自体が唯一のものではない(この点は後にも検討する。)。

さらに、⑤は右の道路が直線状になった付近で、亡太郎が居眠りをしたと仮定すれば、右のとおり、門壁に真正面から衝突することもあり得るところである。⑥は亡太郎が居眠りをしたと仮定したとき、それがどの地点であるかを無視した主張であり、時速約120KMもの高速で走行中に居眠りをした場合、1秒間に約33M進行するのであるから、仮に居眠りを始めた地点がトンネル入口手前の道路が直線状になった付近であるとすると、路側帯の衝撃・音・振動等により目覚めたとしても、回避措置を採る間もなく門壁に衝突することは十分にあり得ることである。

3  被告は、右の他、亡太郎に脇見運転やハンドル操作の誤りの可能性がないことをも指摘するが、2で検討したように、亡太郎に居眠り運転の可能性を否定できない以上、他の運転の誤りを検討する必要はない。

4  以上のように、被告の主張するところは、必ずしも本件事故が車両の通常の運動ないしこれに関連する行為により発生したことを否定する根拠となるものではない。

ところで、被告は、他にも根拠を挙げて、本件事故が亡太郎の自殺であると主張するので、以下に検討する。

四  亡太郎の故意による事故発生の有無

1  被告は、事故車両が本件事故前に登坂車線を走行していたと仮定したとき、トンネル入口門壁に真正面から衝突するには、事故車両が理論上は約70M手前から、実際の走行場面においては約100M手前から路側帯に進出していることが必要であるとし、そうであれば、右の衝突状況、事故車両の走行速度、推測される走行経路等からみて、本件事故は亡太郎の意識的な運転操作により惹起されたものと考える以外にないと主張する。

被告が右主張の根拠としているのは「鑑定書」(乙8)であるが、右鑑定書においては事故車両が道路左側のコンクリート擁壁に沿って十数M直進走行したことを前提とするが、事故車両がトンネル入口門壁に真正面から衝突するには、コンクリート擁壁に沿って直進走行することは必ずしも必要ではない(コンクリート擁壁は道路と並行に設置されていないことは乙2に添付の写真から明らかである。)。また、右鑑定書は、事故車両の前輪舵角が1度ないし3度であることを前提としてシュミレーションを行っているが、事故車両が右門壁に真正面から衝突するには、要は事故車両がトンネル内歩道に通じる段差への傾斜部に向けて十数M直進走行すれば足りるのであって、そのためには事故車両の前輪舵角が1度ないし3度である必要はなく、むしろ、前輪舵角のない状態で本件事故が発生していると考えられる。

したがって、事故車両は路側帯に進出後はそのまま直進して右傾斜部に至ったものと推測すべきであり、右進出地点は、被告が理論上の距離という約70Mも離れていることは要せず、トンネル入口の手前数十Mの地点であったと考えるのが合理的である。

被告の右主張は採用できない。

2  本件事故前の亡太郎の行動

(一) 亡太郎は、平成元年に設立した○○の経営者として、従業員7名を雇用し、レジスターや看板等の販売等を業務とするかたわら、平成6年に別に××を設立してカラオケ機材の販売業も営んでいた(但し、事務所や従業員は共通であった。)。

亡太郎は、経営者とはいえ営業も直接担当していた。営業に出た時は帰社することなくそのまま帰宅することもあった代わりに、注文があれば夜中でも出掛けることもあった。亡太郎は、普段でも行き先を従業員に言うことはほとんどなく、営業の際外泊することになっても、とくに会社に連絡をすることはなかった。事故車両は亡太郎が通勤と営業に専用に使っていた車両であった。(乙15)

(二) 平成9年5月22日夜、亡太郎は、原告甲山花子に、「明日(23日)は人に会う約束があるので早く出る。明日は帰らないが、日曜日(25日)は久々に休みを取ったから、土曜日(24日)の夕方には帰る。」と告げ、翌23日の朝6時頃自宅を出た。出掛ける際、亡太郎の父が見送ったが、いつもと変わりのない様子であった。

同月23日は亡太郎は帰宅せず、自宅や会社に連絡も無かった。

○○の取引先である敦賀市所在の釣り具店「若潮屋」は、亡太郎の従業員堀端が担当している店であり、本件事故の前日である5月24日には堀端がデモ用のポールビジョンを同店に届ける予定にしていたところ、同日夕方、亡太郎から堀端に、「最近忙しかったから今日は帰って休め。わしが代わりに行くわ。」と電話があったので、同日午後8時頃、福井市内で待ち合わせをし、堀端から亡太郎にポールビジョンを手渡した。その時の亡太郎の様子はいつもと変わりが無かった。

同日午後10時半頃、亡太郎から従業員の柿原の携帯電話に、「今から若潮屋さんに看板を見せに行く。」との伝言があったが、その際の話しぶりもいつもと変わりは無かった。

一方、同日午後10時頃、原告甲山花子が亡太郎の携帯電話に、「日曜日、どうすんの。」と留守番電話を入れておいたところ、同日午後11時頃、亡太郎から、「疲れているから、日曜日はゆっくりしたい。」との電話があったので、同原告が「何時頃帰るの。」と聞くと、「まだ仕事があるから、3時位(25日午前3時頃)になる。」との返事であった。その時の様子にも特に変わったところは無かった。

同月25日午前1時頃、武生警察署から原告甲山花子に本件事故の連絡があった。

亡太郎の遺品の中から、同人が業務用に使用していた手帳(甲13)が発見されたが、右手帳の5月24日の欄には、「AM1:00」「ツルガ若潮やポールビジョンデモ」と記載されていた。(乙15)

3  亡太郎の経済状態

(一) 亡太郎は○○から月額70万円の収入を得ており、うち45万円を原告甲山花子に生活費として渡していた。

(二) 他方、亡太郎は、次のような債務を負っていたが、いずれも滞納はなく順調な返済がなされていた。

①福井銀行  ○○の長期借入 1000万円

②シンキ株式会社 500万円(残190万円)

③アコム 50万円

④アイフル 50万円

4  右にみたように、亡太郎は、本件事故の前日(5月24日)から取引先を訪問する予定を組み、必要な機材を事故車両に積み込んで予定時間に間に合うよう深夜にもかかわらず走行していたこと、そして、本件事故発生のわずか数時間前に、従業員に予定を知らせた上、1時間程前には、原告甲山花子にも、予定の業務が終わり次第帰宅する旨を伝えていたことが認められるのであって、仮に本件事故が亡太郎の自殺によるものであるとすると、わずかの時間内に実行を決意したことにならざるを得ない。

しかし、それ自体不自然という他ないし、そもそも自殺を決意した者が、取引先に間に合うように急いだり、帰宅時間を前もって家族に伝えるというのも通常はあり得ないことである。

亡太郎に自殺すべき動機があったとは窺われない。

(一) 被告は、本件事故当日、亡太郎が取引先の「若潮屋」を訪ねる予定などはなかったと主張する。

たしかに「若潮屋」の店主は、被告の依頼した調査会社の調査に対して、その旨の回答をしていることが認められる(乙15)が、一方、亡太郎の遺品中の手帳(甲13)には右訪問の予定が明確に記載され、それに沿う機材も従業員から引渡しを受けて事故車両に積み込んでいたことは前記認定のとおりであるから、右訪問先の所在地、予定時間、訪問目的等からみて、本件事故当時、亡太郎が取引先を訪問するために走行中であったことを否定することはできない。

(二) 被告は、また亡太郎は消費者金融会社等から多額の借入れがあり、返済に窮していたから、自殺の動機はあると主張する。

しかし、亡太郎に多額の債務があったことは前記のとおりであるとしても、同人がその返済に窮していた事実は認められない。

○○の経営状態も比較的良好であった(甲14ないし19)。

亡太郎に自殺の明確な動機があったとは言い難い。

5  以上検討したとおり、本件事故が自殺であるとする被告の根拠はいずれも不自然・不合理であって、本件事故を亡太郎の自殺によるものと断定することはできない。

五  結論

以上の次第で、本件事故は、本件の各保険契約にいう保険事故(「急激かつ偶然な外来の事故」)に該当すると認めるべきであるから、被告は、右各契約に従って亡太郎死亡による保険金を原告らに支払うべき義務がある。

原告らの本訴請求は認容すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例